
永岡さとる牧師 アメリカ・フィラデルフィア時代
最初はアメリカ フィラデルフィア州
スリッパリーロックという小さい町
クリスチャンの老夫婦宅でホームステイしていました
田舎というわけでもなく、都会でもなく、アメリカに多い郊外住宅地
町の名前が「滑りやすい岩」だからやっぱり田舎でしょうね。

この通りにあるマネル夫妻の家に住んでました。アメリカでも日本車は多い。

クリスチャンのマネルご夫妻。
この家にホームステイしたことで、サトル牧師の人生が変わってしまった。

みなで食事

永岡さとる牧師 ニューヨーク時代
ニューヨーク・マンハッタン
日米合同教会で、献身者として勉強していました。
フィラデルフィアの田舎から、大都会へ移り、牧師としての勉強を開始しました。

合同教会の表通りに面した入り口。落書きがあるのがニューヨークですね。
こういう感じの大通りに面していました。

荒川教会とは会堂、礼拝のスタイルが違います。

お仕事中です。

教会のなかにある部屋。よく青年会の集会で使っていました。左端がさとる牧師

日米合同教会では若者のキャンプが盛んでした。
子供たちとの食事。

集会の様子。

